サッカー選手としてだけでなく実業家などビジネスでも活躍をしている本田圭佑さん。
2023年7月14日にTwitterで9月にはプレーするつもりと復帰を公言しています。
さまざまな側面をもっている本田圭佑さんですが、子供や嫁など家族構成はどうなっているのか?現在は何をしているのか?を含め経歴や名言をまとめてみました。
本田圭佑の子供、嫁は?

本田圭佑さんには、長男、長女、次男の3人の子供がいます。
そして、妻の5人家族です。
長男は2012年(11歳)、長女は2014年(9歳)、次男は2016年(7歳)とそれぞれ誕生しています。
子供の名前や顔はまったく公表されておらず、本田圭佑さん本人からも話をすることもほとんどないようです。
世界的に活躍されているので、子供や家族をまもるために徹底されているようです。
情報がまったくない子供たちですが1度だけ公の場に出ることがありました。
日本代表の試合へむかう空港で、いきなり長男を抱いてあらわれたそうです。
長男が生まれたのがシーズン中だった為、誕生は報告されておらず取材の報道陣も驚いたそうです。
公の場に出すのはこれが最初で最後と本田圭佑さんもいわれていたそうです。
育児はサッカーに集中するために妻にまかせっきりといわれています。
日本代表や各国のプロリーグで活躍されたので仕方がありません。
サッカーでの活躍は、妻のしっかりとしたサポートがあったからといってもいいでしょう。
そんな妻とは高校時代に出会っているそうです。
高校のサッカーの試合中に、相手側のマネージャーとしてすわっていたのが妻だそうです。
その時、本田圭佑さんは一目ぼれをして、試合が終わった後にベンチへ1人でのりこみ妻に付き合ってくれといったことが始まりだそうです。
それからお付き合いが始まり、プロ選手になった後、22歳の時に結婚しています。
なんとも本田圭佑さんらしい素敵なエピソードです。
本田圭佑の現在、これまでの経歴

所属 : 無所属
ポジション : MF・FW
生年月日 : 1986年6月13日
出身地 : 大阪府摂津市
血液型 : AB型
身長・体重 : 182㎝・74㎏
利き足 : 左足
2023年7月現在、サッカー選手としてはどこのチームにも所属していません。
2021年にリトアニアのチームが最後でそこから2022年に膝の手術をしています。
そして、Twitterで復帰を宣言してオファーを待っている状態です。
最近ではビジネスや監督としての活動が目立っていましたが、現役への思いは続いているようです。
そんな本田圭佑さんのサッカー選手としての経歴をご紹介します。
小学生時代に地元のサッカーチーム摂津FCに入団しサッカーを始めます。
その後、ガンバ大阪ジュニアユースへ移ります。
ジュニアユース時代にはその後プロ選手へ進む優秀な選手たちとプレーしますが、スピードに課題がありました。
その課題が克服できず、ユースへの昇格がかないません。
そして、石川県の有名スポーツ校の星稜高校へ進学します。
高校時代には1年生からスタメンで数多くの試合に出場し、3年生の時にはキャプテンをつとめ、全国大会ベスト4の成績を残します。
課題でもあったスピードもこの時に猛練習をかさね克服します。
高校卒業ごろには、多くのプロチームから注目されることとなり、2005年に名古屋グランパスに入団します。
その後、プロチームの経歴
年 | 所属チーム | 出場試合数 | 得点 |
2005~2007 | 名古屋グランパスエイト(日本) | 90 | 11 |
2008~2009 | VVVフェンロー(オランダ) | 68 | 24 |
2010~2013 | PFC CSKAモスクワ(ロシア) | 94 | 20 |
2014~2017 | ACミラン(イタリア) | 81 | 9 |
2017~2018 | CFパチューカ(メキシコ) | 29 | 10 |
2019 | SBVフィテッセ(オランダ) | 4 | 0 |
2020 | ボタフォゴFR(ブラジル) | 18 | 2 |
2021 | ネフチ・バクー(アゼルバイジャン) | 7 | 2 |
2021 | FKスードゥヴァ・マリヤンポレ(リトアニア) | 6 | 1 |
日本代表として出場したワールドカップでの活躍や、日本人で初めてACミランでエースの証として背番号10を背負うなど輝かしい実績を残しています。
サッカー選手としての実績は日本人最高といっても過言ではないのでしょうか。
また、ビジネスの活動もあります。
2016年にはKSK Angel Fundというファンド会社を設立します。
また、2018年にはサッカースクールをプロデュースするなど実業家として社会貢献の活動も積極的におこなっています。
本田圭佑の名言

素晴らしい実績を残している本田圭佑さんですが、数々の名言も残しています。
「本田圭佑の中に本田圭佑がいるんですよ。くじけようとする悪い自分と頑張って打開する良い自分が。成功する中で一番必要なのは自分に打ち勝つことだと思うんですよね」
本田圭佑
リトル本田と表現された有名な言葉です。
悪い自分に打ち勝ってきたからこそこれまでの功績があります。
私たちにもいえることで、ライバルに勝とうとすることも大切ですが、自分に勝つことが一番大切なことを表しています。
「俺の人生は挫折の連続なんです。でもそこから這い上がろうとして、未知の世界を知ることもある」
本田圭佑
本田圭佑さんの輝かしいところばかりに目がいきますが、その陰では挫折もたくさんしてきているようです。
学生時代のユースに昇格できなかったことなど、挫折を経験し、それを乗り越えて成長してきたからこそ言える言葉ではないでしょうか。
ここから這い上がろうとするくじけない気持ちや、行動は非常に大切です。
「環境というのは与えられるようじゃダメだ。自分で作り出すもの」
本田圭佑
サッカーだけにかぎりませんが、今自分がおかれている環境にたいして不満を抱くことは少なくないと思います。
その環境に不満ばかりいって、自ら行動しないことも多くあるはずです。
そのことを反省させられる言葉ではないでしょうか。
他人は自分に適した環境を与えてくれません。
自分から自分の環境をとりにいくこと、行動することが大切です。
本田圭佑さんも海外移籍も含め、様々な環境を自ら行動しアピールして勝ち取っていった事でしょう。
他にも多くの名言があり、たくさんの人に影響を与えています。
2022年ワールドカップでも本田圭佑さんらしい解説で話題となりました。
これからも数々の名言を残してくれるでしょう。
まとめ
今回は本田圭佑さんの子供や家族、これまでの経歴や人生・哲学を表現した名言を知ることができました。
サッカー選手としてまだまだ活躍する姿を見せてくれるのではないでしょうか。
本田圭佑さんのこれからに期待しましょう。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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